とことこ保育

人生で間違いなく大切な乳幼児期

【保育の振り返り】転園してきたMちゃん。

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緊急事態制限が解除になり、5月末から本格的に園が再開してから一か月。

 

暑さも重なり、体力的にはやっと一か月。だけど、この一か月間の子どもたちの変化はとても目まぐるしかった。日中どこかで1/3の子どもたちがすすり泣く姿があった再開初日。そこから園の生活に慣れて、子ども同士の関わりがどんどん増えていく姿を見るとほっこりした。

 

その中で、特に大きな変化を見せてくれたのは、年中組のMちゃんだった。

 

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保育園棟(0~2歳児)と幼稚園棟(3~5歳児)がある子ども園。保育園棟からの持ち上がりが多い中、年中組から私たちの園に転園してきたMちゃん。それまでは1クラス12名程の小さな保育園に在籍していたようで、1クラス30名の大きな集団に入るのはこれが初めての経験だった。

 

口数も少なく、一人で絵本を読んだり、人形遊びをしたり。園庭では、遊具に上って他の子が遊ぶ様子を見たり、園庭の周りを一人でグルグルと散歩していることが多かった。登園初日から一週間は、同じクラスの子どもたちが園の施設や日中の流れを教えたり、手伝ったり、Mちゃんを遊びに誘う姿が見られたものの「一緒に遊ぼ」の誘いに首を横に振ることも多いMちゃん。だんだんと

「〇〇ちゃんは一人がいいんだって」

「いっつも鬼ごっこしないからさ」

 

という言葉が子どもたちの間から聞こえ始めていた。

 

14時半で幼稚園の活動が終わるとそこからは、保育棟に移動し、異年齢の自由保育。幼稚園棟ではクラス毎の設定保育が主である一方、午後からの自由保育はMちゃんにとって居場所を見つけるのが難しい時間であるようだった。

 

自由遊びの時間は、先生のポケットに手を入れてひたすら付いて回ったり、ブランコは好きで足を運ぶものの、順番を待つ列を見つけると「やっぱりいい」と、園庭のベンチに一人座り始める。

 

他の子が遊ぶ姿を見ているし、友達がしている遊びに興味がないわけではなさそう。一人でいることがいけないわけじゃないけれど、他の子と一緒にいるということに心地よさも感じて欲しいなぁと願いながら、

 

Mちゃんの横に座って、声をかけてみた。ただ他の子が遊ぶ様子を観察して

「あ、〇〇ちゃんボールで遊んでるね」

「.....うん」

「あの子はMちゃんと同じクラスだっけ?」

「.....(首を振る)。」

 

と、私が聞く質問に頷いたり、一言二言発して答えるMちゃん。そこに「なにしてるのー?」とやってきた他の友達を、あえてMちゃんの隣に座ってもらって、なんとなく一緒にいることを.....を繰り返して2週間が経とうとしていた。

 

 

 

そんな中、Mちゃんに少し変化が見られたのは新しく延長保育を利用する年少児さんが入ってきた時だった。「一緒に行って、手を洗う水道がどこか教えてあげて」とお願いをするとその日から自分の役割のように、おやつ前になるとその子の手を引いて手洗いに連れて行ってくれるようになった。2人の間に会話はあまりなかったものの、年少の子もMちゃんに信頼感を抱いているようで、徐々に園庭遊びで一緒に散歩する姿も見られるようになった。

 

それから、年少の子をきっかけに集団に少しずつ入っていく機会が増えた。朝礼台から先生と手をつないで大きなジャンプをして遊ぶ子たちの輪に入ったり、砂場でダムを造る他の子に水を汲んできてあげたり。

 

先日は色鬼で遊ぶグループに入ってきた。「鬼さん、鬼さん、何の色?」とみんなで鬼の子に聞いて、鬼役の子が指定した色を見つけるゲーム。最初は鬼が指定した色をみんなに交じって探し回っていたMちゃんだったが、ふと「Mちゃんも鬼やる」と声をかけてきた。消え入るような声だったが、思わず私の気持ちが高ぶった。Mちゃんが鬼をやる順番になり「鬼さん、鬼さん、何の色?」と尋ねられると、ちょっと照れながら「あか」と答え、みんなが一斉に走り出す。それをニコニコで追いかけるMちゃん。

 

たった一か月。でも、決まっておやつ後になるとママが恋しくなって涙していた、園庭を一人でぐるぐるお散歩していたMちゃんを思い返すと、みんなの中心となって色鬼をする姿はすごく嬉しく心に響いた。

 

子ども同士のつながりってやっぱすごいなぁーと実感。

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秋からは学生になる。それは、新しい発見と出会いがありそうなわくわくに溢れている一方で、現在のように、子どもたちの姿を毎日連続してみるということがなくなるのかという実感が沸々と湧いてきた。少し惜しい気持ちにもなったけど、今は子どもとの毎日を楽しみたいなという思いでいっぱい。

カナダのカレッジ入学の見込みが立ったよ。

 

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最近【保育の振り返り】というタイトルでいくつか記事を書いていますが、予定しているカナダ行きの話が消滅してわけではないです。先月から務める園は、8月まで産休でお休みの先生と、8月まで日本にいる私との需要と供給がうまい具合にマッチしたため短期間であることを了承の上採用していただいたところ。ありがたい。

 

さて。日本でも緊急事態宣言が解除になり半月。4月20日の更新を最後に止まっていたカナダのカレッジ行きについて動きがありました。

 

結果、9月からの秋セメスターからカレッジ生活始めます。が、いろいろと条件付きです。

 

 

留学を決めてからこれまでの経緯

当初は2020年5月からスタートの夏セメスター入学を予定していたが、新型コロナウイルスにより渡航事態がキャンセルになった。入学先はカナダ・オンタリオ州にあるSeneca collegeのECE(Early Child Education)。このコースは、子どものいる環境に出向いて行う実習がプログラムの大きな割合を占めているためオンライン授業で補うことが難しいこと等から夏セメスターは中止という運びとなった。

 

そこからカウンセラーの先生とメールでもやり取りがあり、航空会社のチケットの払い戻し等があり、先が見えない中どうしようという不安もありながら現在に至ります。

 

詳しくは過去の記事で ↓

 

hoikutogether.hatenablog.com

hoikutogether.hatenablog.com

 

正式なアナウンスが!

これまで何度かカレッジ側に、9月からの秋セメスターについて・カレッジ再開の予定についてメールで問い合わせたが  "前代未聞の状況にある“ "現在はサポートに制限がある“ ことを言及してきたり、カレッジから離れリモートで働いていることを理由に応えられないと返信をしてきたコーディネーターさんもいて、同じ内容のメールを複数回送ったり。いやぁ、ストレスを感じていたことは否めない。

 

しかし、6月5日になりやっと正式なアナウンスが送られてきた。

 

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秋セメスターは9月14日からすべてオンライン開催。カナダ政府の決定によりプログラムの50%は国外からでも受講可能であるようだ。

 

文字通り前代未聞

嬉しい一方で、

・秋セメスターはすべてオンライン開催

・プログラムの50%は国外からオンラインで受講可能・ポスグラにも影響はなし

 

となるといろいろ疑問が浮かんでくる。All onlineということは肝となる実習は結局のところどうなるのか、それに伴って必要だったMedical FormやPolice clearanceは必要なのか、onlineでカナダ国外から受講できるけど、もしセメスターの途中でも入国した場合はカレッジの保険適用となるのか。この状況でできるか分からないが、入学後、週20時間許可されている就労についても情報として知っておきたかった。

 

メール送信。他のアドレスに送ってと指示される。メール送信。あ”-。

 

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夏セメスターが中止になった主な理由は実習ができないこと。だったが、秋セメスターは実習も含めオンライン開催となるようだ。そして実習にあたり必要だった書類は必要ないとな。めっちゃ予防接種受けたのに.....。保険適用外で結構かかったよぉ。

ま、しょうがない。

 

アメリカで教育系の大学院に通う友人によると、実際に子どものいる環境に出向いて実習を行う代わりに実習はビデオ観察になったり、個人的に家族にコンタクトを取ってインタビューをしたりしているようだ。そういう場合もありえるのかな?

 

さて。ここから決めなくてはいけないことも必然的に増えてきた。

わくわく。ドキドキ。ひやひや。

 

テレビの世界と現実世界と。

先日、今アメリカを中心に起きているrasism(人種差別)やそれに伴うprotest(抗議活動)について子どもたちへ発信されたCNN×セサミストリートの放送を観た。

 


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edition.cnn.com

 

↑英語ですが、ここで見れます。

 

子どもの頃に自分がテレビで見ていた番組は、自分たちがいるところとは違う世界という印象で、楽しく見てた一方で、自分の住んでいるところとはかけ離れた感覚もあったな。テレビの中の世界はテーマパークのような、実際の世界とは異なる楽しさを得るところだったように思う。

 

なんでみんな集まっているの?

みんな心配そうだし、悲しそう。。。

レイシズム(人種差別)ってなに?エルモ分かんないよー

 

と、放送の中でエルモが質問を投げかけ、その質問にひとつひとつ答えた後エルモのパパが『世界がすべてセサミストリートのようではないんだよ』と答えたところが響いた。あ、これは同じ世界で起きてることなんだって。

 

 

日本の子ども向け番組は、季節感は追うものの実際の世界で起きている事とはリンクしない場合が多い?現実とは離れている?でも、デザインあ・ムジカピッコリーノ・ミミクリーズとか日本語で遊ぼとかね。そこには違った良さが隠れてるじゃじゃまるピッコロぽろりハッチポッチステーションと育ったことは今でも良い影響を受けている。

 

今回のセサミストリートは、子どもたちが社会の一員であることを映しているように感じた。でも表現疑問に思うところもあって。繰り返し観たいな。

 

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通常開園が始まり2週間。子どもたちの様子もだいぶ変わった。やりたい気持ちも、嫌な気持ちも真っ直ぐ出てくるようになったし、子どもたち同士で玩具をめぐって揉めたり、言葉のやりとりも増えてきている。

 

私自身も学ぶことが多い。

 

金曜日は園庭探検というものがあった。みんなで園庭を回り、どんな遊具があるのか約束事を伝えながら探検をするのだそう。初めてのことだった。園庭にある遊具を一通り巡り、飼育されているウサギや鳥と触れ合った後、さぁここから本格的に遊ぶのかなと思いきや『はい!じゃあ今度遊ぼうね。お部屋に戻ろう』

 

『えぇぇぇぇー!』と声に出しそうになった。それだけ楽しそうなものを紹介されて、じゃあ次回ねって半殺しかい(笑) って私が子どもだったら思うかな。その日は金曜日。週末で持ち帰るものも多いから、普段より時間をたっぷり取って、子どもたちが自分でお支度を進められるように考えての決定だったのだと思う。月曜日から給食も始まるからその話もしたかったみたい。

 

それぞれ優先したいことは違うもんなぁ。

 

まだこの園で働き始めて一ヶ月ちょい。まず1日の過ごし方や園の対応を知ることを心がけているけど、その中で私がもし担任だったらって考えることがすごく楽しい。

 

もし自分が担任だったら....園庭探検は、子どもたちから意見を出してもらうかなー。年長も巻き込んで『園庭が初めての年少さんに伝えたいことは?』と子どもたちに聞いて、それをどうやって年少に伝えていこうか話し合うとか。知っておくと良いことは、約束的なもの出るかもしれないし、ここにどんぐりがいっぱいあるみたいな園庭プチ情報がでるかもしれない。

 

あー、楽しいな。

 

【保育の振り返り】緊急事態宣言解除後の一週間。

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あっという間に2020年も折り返し。

1月からいろんな事があったはずなんだけど、過去2か月間に起きた出来事に記憶がすべて乗っ取られてしまったような感覚にもなりますね。

 

25日に緊急事態宣言が解除になり、一週間が終わり、

楽しかったよ。でも疲れた。

嬉しかったよ。でも筋肉痛。

 

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緊急事態宣言解除翌日26日、4月に数日登園して以降初めての園。園に来ることを心待ちにしていた子、お母さんお父さんとの分離に涙を見せる子、「いってらっしゃい」とバイバイをした後に堪えてた気持ちが溢れる子。それは毎年4月にあった光景のフラッシュバックみたいで、日常が返ってきたことの嬉しさと気を引き締めなきゃなぁという思いが交じり合ってる感じだった。

 

抱っこを求めてきた子を片手で支えて、他の子に一から伝える靴箱、ロッカーの場所。ズボンの裾を掴んで電車ごっこをしたままの子もいて、先生それぞれが民族大移動をしているようだった。

 

それでも、この日の朝の会が始まる頃にはほとんどの子が泣き止み、新しい先生が読み聞かせる初めての絵本、初めての玩具に笑顔も見せていた。楽しそうな姿を見せてはいたものの、ふとした瞬間に膝の上に座りに来たり、トイレに一人で行きたがらなかったり、不安の種を感じることも多くて隣にいて、独り言みたいに話して、たまに会話をして。フィジカルに寄り添うことを意識した一日だった。

 

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次の日は、泣いて登園する子が増えた。一日目を経験して園に来た後に何が起きるのか見通しがついてきたのがひとつの理由かなと思う。両ひざにそれぞれ子どもたちが座り、ジャージの後ろポケットに手を入れてる子がいる状態で、おままごと遊びに入れてもらった。

 

この日は本当に聖徳太子になりたいと思うほど、すでに覚えた私の名前を呼んで、たくさん話しかけてくれる子がいて、遊びに誘ってくれる場面も出てきていた。一方で一緒に遊ぶわけではないけれど、ただ隣にいたいなという様子を見せる子もいて、おままごと遊びに誘ってくれた子にデリバリーをお願いして、子どもたちにピザを運んでもらった。

 

2日目にしてすでに感じたのは、自粛期間10名前後の子どもたちと数名の保育士で過ごしていた時にくらべて、園にくる子どもたちの人数が増えると「.....しないでね」「.....しないと~ちゃうよ」という声掛けの回数が増えるなぁという実感。それは自分自身が意識的に変えなくてはいけない気づきであり、気持ちに余白を持っておくことの大切さ。

 

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週の後半に入った木曜・金曜は子どもたちにも疲れが見え始めた。変化があるということは大人子ども限らず、それだけエネルギーを使うということ。普段は午睡をしない子が昼食中にコクリと首をもたげたり、先生の膝の上に頭を乗せてみたり。もちろん園庭遊びの時、集中して遊んでいる時は100%のエネルギー。でも突如として0%に近くなり充電が切れてしまう姿を見て、可愛らしいなぁと思うと同時に、子どもたちも久しぶりの日常に戸惑いながらも頑張っているのだなぁと思い、その日の午後は部屋の一画にマットを広げてゴロゴロスペースを作った。

 

この頃になると解除後すぐは泣いて登園していた子どもたちも、自分で部屋へ入ってきたり、自分で遊びを見つけて子どもたちの中へ入っていく姿が見え、ほっとした気持ちにもなった。ここで土日を挟んでしまうことが少し惜しい気もしたが、そこはお互い休むべきとこよねと考え直した。きっと月曜に先週始めのような姿に戻る子もいると思うが、それはゼロからではないはず。

 

 

この週末は去年参加したGTP-Kindergartenの報告会のサポートに携わり、現役保育士の方の話やこれから先生を目指す学生さんたちの話を聞いてこちらもパワーをもらった。でも、それは若いからではないし、学生だけじゃないぞー!という気持ちでカナダ留学の話も進行中です。

 

さぁ明日からの一週間はどうなることやら。結局わくわくしてるね。6月は祝日がひとつもないぞー!(笑)

【保育の振り返り】緊急事態宣言最終日に。

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今日の登園人数は10名。神奈川・北海道は解除基準より高い感染者数を出しているものの、明日からの緊急事態宣言解除はほぼ確定事項になったため、朝から職員全体で会議を行い、明日から本格的に子どもたちを迎える準備の一日となった。

 

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『明日からみんなくるのー?』

と、クラス部屋やトイレ掃除を行う先生たちを見て楽しみに待つ様子を見せる子どもたち。一方で『げぇー。園庭がまたいっぱいになっちゃうじゃん!』と、年長児は惜しむ気持ちも口にしていた。

 

この約2か月間、一人で複数のボールを使っても、大縄をいっぱいに伸ばして遊んでも、園庭のど真ん中に捕まえてきた虫のために大きな "虫の町" を作っても、誰かの遊びを妨げることなく遊べていた。園児が100名を超える大規模園で毎日を過ごしている子どもたちにとってそれは特別な時間だったのだと思う。

 

それは子どもたちだけでなく、保育者も同じ気持ちだったようで『こんなに園庭を独り占めできるのは今日以降しばらくないかもしれないぞ。何したい?やりたいことをやろう。』と、子どもたちのリクエストに応えてリレーや鬼ごっこ、野球を次々と行っていた。気温が高かったこともあり、30分遊ぶと大人も子どもも汗だく。急激な気温の変化についていけない身体のだるさを感じながらも『今日まで』という思いと共にめいっぱい遊んだ。

 

緊急事態宣言が発令されて、ドロドロしたマグマみたいな気持ちが前に出てしまうこともあったけど、園で過ごすことについてはこうやって終わりを意識することで、今をいっぱい楽しめたのではないかとも感じている。

 

最後、早番の先生が帰るときに『明日からようやく◯◯組の生活スタートだね。改めておめでとう』と声をかけている先生がいて素敵だなと思った。

 

新年度になりすぐ緊急事態宣言が発令され、入園式などの行事もキャンセル。進級を肌で感じる時間がほとんどなかった子どもたち。もう◯◯組だよと言葉では伝えられるものの、実感はあまりなかったのではないだろうか。先生が『改めておめでとう』と声をかけたことで、子どもから『明日は◯◯組の部屋に行くのー!』と声が聞こえたり、子どもの中でもこのイレギュラーな生活の終わり、そして新しいクラス生活のはじまりに少しだけ見通しがついたんじゃないかなぁーと感じた。

 

職員同士で話すと、明日からうん十人も子どもがくるなんて信じられないし不安だわーという声も上がる一方で「まぁ子どもは来てみないとどんな様子か分からないし、ドタバタだよ、きっと。みんなでどうにかしよう」という声も。大丈夫ではなく、どうにかしようという言葉がより力強く感じてやる気をもらった

 

明日は年少組のサポートからスタート。同じ敷地内にある保育園棟からの持ち上がりの子、新入園児。職員が言っていた通りバタバタだろうな。感染のリスク等はもちろん拭えないけれど、明日は待ってたよという気持ちで迎えたいな。

 

【保育の振り返り】戦車と飛行機と子どもたち。

 

今日は子どもと一緒にひたすら楽しんだ。6時間だけ12名の子どもと。

 

私が今月から勤める園は、男性保育士の人数が多く今日保育を行った先生は私以外全員男性。性別+保育士と言うことに抵抗もあるし、感じていることがはたして性別の違いから来ているものなのかはっきりとは分からないが、それがとても面白い。

 

お昼ご飯の時にBGMに選んだ曲はマキシマムザホルモン。最終的に子どもたちに「この曲うるさーい!」と言われて、改めて流し始めた曲は星野源の「地獄でなぜわるい」だった。個人的に私もstranger辺りの星野源が好きだ。でも、私だったら絶対保育の場に選ばないチョイス。こういう曲はお腹の底からズンズン音が弾むから、お腹が動いていっぱい食べられるらしい。面白い


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保育士の人数にゆとりがある時は、園庭の遊具を直したり、電動ドリルやペンキでDIYに勤しむ姿も見かける先生たち。一昨日から続く雨天で、室内遊びの傍ら子どもたちと仕上げた作品が圧巻だった。

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子どもたちも大興奮。そして今日は午前中外遊びをたっぷり楽しんだ後、午後はみんなでこの戦車と飛行機に色ぬりをする予定でいた。

 

昼食の時間から子どもたちも先生たちもわくわくしているのが伝わってきて、

「どんな色が合うかな?」「何使って塗ろうか?」

「長袖は脱いで全身でやろ!」

「多少ベタベタになっても大丈夫だよ」

と話が膨らんでいた。が、みんなが楽しそうに午後のアクティビティの話を進める中、一人だけ

 

「ぼくはさ、やらない」

「じーって、ご本読んで見てる」

と心配そうに伝えてくる3歳児 Aくんがいた。聞くと、色鉛筆やクレヨンは大丈夫だが、絵の具や粘土を使った製作を嫌がる姿があり、触れるものの、そのあと頻繁に手を洗ったり、絵の具が洋服に付くと目に涙を貯めて訴える姿もみられるそう。

 

今日はお迎えの時間も普段より早く、それも気になっているのかなぁと思いつつ

「無理にしなくてもいいんだよ。みんながやってるのを見て、その後やるか決めてもいいし」と伝えるとうなずいて応えていた。

 

昼食を終えて、色塗りの時間になった。みんなが靴下を脱いだり、袖をまくったりして準備をする中、

「やっぱりやらない.....。」とつぶやくAくん。

でもその言葉とは裏腹に、観察をしていると、着たい子にオプションとして用意していたビニール袋のスモッグを触ってみたり、準備をしている友だちの姿をじーっと見たり、本当にやりたくないわけではない?と感じるような姿が見えたので

「とりあえず袖まくってみようか」

と促すと、嫌がることなく腕を差し出してくれた。

「じゃあ靴下も」

と伝えると、スッと脱いで指定された場所へきちんと保管。

 

ふでを運ぶときのポイントや注意点などを伝え、「じゃあ始めるぞー!」と先生が声をかけると「先生と一緒に行く.....。」と言いながら、自分からブルーシートのエリアに足を踏み入れて参加し始めた。

 

パパの影響もあり、選手の名前と背番号をほとんど覚えているくらいジャイアンツファンのAくん。絵の具の中にオレンジ色のジャイアンツカラーを見つけると一瞬で目の色が変わった。

「これがいい!」

とオレンジ色を指さすとふでを握って、飛行機のところに向かっていった。そこからは時々「先生、ここにいて」と声をかけてくるものの、オレンジ色以外の色も試して静かに、でも楽しそうに戦車と飛行機の間を行ったり来たりして自分で手の平に絵の具を付けて遊んでいた。聞いていた話と異なる姿にビックリだった。ママがお迎えに来た時も「まだおわってないから」と少し待ってもらうようにお願いするほど集中していた。

 

誰一人Aくんの過去の姿から「この前も.....」とか「もう年少さんだから.....」みたいな声掛けはせずに彼のタイミングを意識して対応をしていたこと、そして保育者も子どももみんな生き生きしているその場にいれたことが嬉しい日になった。先生たちは自分たちが組み立てた戦車と飛行機に子どもたちが色を加えてくれることを喜んでいたし、子どもたちも「これ、先生たちが作ったの!?すげぇー」と驚きながら大きなものに自由に絵の具を使える楽しさを味わっていた。保育士さんの得意と子どもたちの面白そうが相まって、すごく居心地の良い空間だった。


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最初はふでを使っていたこどもたちも、次第にふでを使って手の平に絵の具を塗り、ハンドスタンプ。絵の具を塗った手で子どもたち同士ハイタッチをしてお互いの色を混ぜて新しい色を作ったり、「見てー!」と自分の塗ったところを見せあいっこしてて。そういう姿を見て、あーこういうのいいなぁ。って改めて感じた一日でした。

グリーングリーンはママの曲だった話。

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今月から子どものいる環境に戻った。一カ月ぶりに身を置いてみると改めて気づくことが多くて自分でも驚いている。私が今働くところは同じ敷地内に保育園と幼稚園があり、現在幼稚園は休園、保育園は感染防止策などを示した上で利用を考えていただくように呼びかけ、15名前後の子どもたちが登園している状態だ。

 

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3月まで勤めていた園は小規模園でピアノがなく、リズム遊びや歌は主にiPodやCDを利用して行っていたが、現在の園は年長による鼓笛隊演奏もあり音楽に力を入れている園。ピアノを弾く機会も多そうなので、久しぶりにピアノの教本を開いてみた。

 

そこで見つけたのがグリーン・グリーン。明るい曲調の割に歌詞の内容が悲しくよく覚えている曲だ。

 

作詞・作曲を見るとアメリカがオリジナルの曲。原曲を調べてみた。

 

www.youtube.com

 

歌の出だしから あれ?パパじゃなくてママ

 あれ?

歌詞がまったく違う。

 

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 【日本語】

ある日パパとふたりで 語り合ったさ

この世に生きる 喜び そして 悲しみのことを

 

【英語】

Well, I told my mama on the day I was born
Don't you cry when you see I'm gone
You know, there ain't no woman gonna settle me down
I just gotta be travelin' on

 

僕が生まれた日 ママに言ったんだ

ぼくが離れても 泣いちゃダメだよって

ぼくは女のためにとどまらないし ただ旅を続けるだけさ

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訳詞をした方を調べてみた結果、これは訳詞ではなく作詞だった。日本語の作詞をされたのは「とんでったばなな」「勇気ひとつを友にして」も作詞した児童文学者の片岡輝さん

日本語版の詞は片岡輝が担当し7番まで存在するが、これは原詞の翻訳ではなく独自に作詞したものである。片岡輝の詞には「パパ」が頻繁に出てくるが、原詞にはパパは一切登場せず、出てくるのはママのみである。片岡は 教育芸術社のインタビュー記事の中で「ふと、日本の歌の中には、親子の心を通わせるような、特にお父さんをテーマにした曲はあまりないなあと思ったんですよ。」と語っている。

日本では片岡輝の作詞により父と子の対話と別れを描いた作品として知られており、学校での教材にも使用されている。歌詞中にある、“二度とかえって来ない遠い旅路”に出かけた「パパ」の身上に何が起こったかに関しては様々な解釈が存在するが、作詞した片岡輝自身は読み手がどう解釈するかは自由である*との発言をしている。

*『シリーズ・インタヴュー 音楽を語ろう』教育芸術社、2005

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B0%E3%83%AA%E3%83%BC%E3%83%B3%E3%82%B0%E3%83%AA%E3%83%BC%E3%83%B3#cite_ref-2

 

グリーングリーンの原曲も時代背景を反映している側面があり、この曲が生まれた1963年はマーティン・ルーサー・キング・ジュニア牧師が I have a dreamと歴史的な演説を行った年。1960年代は徐々にアメリカがベトナム戦争に介入し始め、既存社会への反発やそれに伴う学生運動が激化してる頃だった。ヒッピーも呼ばれる伝統や文化から解放され自然回帰を目指す若者も出てきて、その頃の社会に反発しフリーセックスや各種差別の撤廃、ドラッグ解禁やヴィーガニズムの動きにも影響されていたようだ。

 

Nah, there ain't nobody in this whole wide world
Gonna tell me to spend my time
I'm just a good-lovin' ramblin' man
Say, buddy, can ya spare me a dime?

 

僕に自由に生きろと言ってくれる奴なんて

この世界に誰もいないのさ

ぼくは愛に満ちた放浪者 なぁ相棒

10セントを貸してくれないか?

 

 

そういう事実を知ると、曲の印象がガラリと変わる。

 

 

最近、きゃりーぱみゅぱみゅさんの件や検察庁法の話を見聞きして、発言することについていろいろ考えるが、

 

グリーングリーンのように日ごろ歌っている曲にも背景があり、物事それぞれに歴史があり、そう考えるとこれまですーっと続いてきた流れがある中、現状しかほとんど知識のない自分がコメントすることは浅はかなことなのかとも考えてしまう。声を上げることの大切さに賛成する一方で「自分のこの考えを他人とシェアしたらどうなるだろうか.....。どうやって、どんな言葉で伝えるのがよいのか。」そんなことを止めどなく考え言葉を内に留めたくなることもしばしば。

 

 

 でも考えてみると、歴史やカカオ豆からの精製方法を知って日頃チョコレートを口にしているかと言ったら申し訳ないがそうではない。知識としてカカオ豆を生産する人たちの労働環境や輸入に伴う問題の話は知っているが、その程度。そんな私が「チョコレートはうまい!」とつぶやくことは浅はかなのか。もし、みんながチョコレートの背景にある貧困や児童労働を知っていて、そこに対策を行うメーカーを知っていたら「フェアトレード」なんて言葉をパッケージに表記する必要はない現実があったかもしれない。

 

「チョコレートうまい!」と政治や人権に関する発言を並べて考えるのはナンセンスかもしれないけど、いけないのは発言する内容の重要さや自分自身が社会の一員である事実を置いてけぼりにして、感じたこと・思ったことを突発的に発信してしまうことかなと思う。

 

そんな私のむにゃむにゃをビジュアル化してくれたのがこの一冊。

個人的におすすめします。

 

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こんなパロディも個人的に好き。DOMOくん!

www.youtube.com